思いが場所を作る

ゴールデンウィークが終わりましたが、皆さんは、どんな週になりましたか?

私は、29日、30日は津軽半島へ

2日から5日までは、友人と共に地元の各所日帰り巡りを怒濤のように遂行し、今日は溜まっていた家事に勤しみました。

行く先々で触れる土地の雰囲気をあじわいながら、
その土地の雰囲気と、そこに住む人の心がリンクしていること

土地柄が、人の心を作るのではなく
人の心が
土地の雰囲気を作り、その雰囲気に反応した人がそこに住むということ

物事には、はじまりとおわりがあり、
始まりに気づいたとき、終わるのだということ

そういうことに思いを馳せる旅となりました

自分のなかで少し変化の風を感じています。

大切にして、見守って行きたいと思います

いつも読んでくれて、ありがとうございます(*^^*)

だれかさんへ

自分のことをわかってもらえないと
ずっと思っているとしても

わかってもらえない=孤独じゃないんだね

自分が望む形で返って来なくても

ちゃんと そばにいるよ

ちゃんと 見ているよ


形じゃなく

感じてね


あなたが
相手のすべてをわからないように

相手も
あなたのすべてを
知ることはできない


でもね

あなたのそばにずっといるよ

感じているから

感じてね



ひとりじゃないよ

なにがしたいのか

ゴールデンウィークが始まりましたね

初日の昨日は、東京の下町を散策して、夕方に上京している息子と合流。
近所の回転寿司に行きました。

ここのお店は、いつ行っても長蛇の列で、大人気。
品数が多くて新鮮なのと、このあたりでは、ここしかないから。

一時間待って、やっと席につけました。

並びながら、好きなこと、したいことは、少々のリスクがあっても達成しようと思うことが大切だと思いました。

先月、垂れ桜をみたいと思い、車を走らせました。
渋滞していたら嫌だなと思いながらも、渋滞に巻き込まれても、「見たい」か「見たくない」か、なんですね。

又兵衞桜

「あの人混みを見たら、いく気になれない」とか、
何時間も並ぶのが嫌だからとかで、
ついつい、やりたいことを我慢したりしていませんか?

なにがしたいのか?

並ぶことが目的なのか、その先にある「自分がやりたいこと」が目的なのか

何でもやってみること、やりつづけることで、楽しみは必ず「そこ」にある


出来ない理由探しは、もうやめましょう



自分を大切にしてますか

私は足の指が長くて
つま先がゆったりした靴を捜すのに一苦労します

パンプスを履いて颯爽と歩きたいのですが、曲がった指の関節に当たると痛いのです。
でも今までは無理して掃いてきました。

少しの痛みくらい平気だと、自分にごまかしながら


ていうか、あまり自分の身体とじっくり会話ができていなかったかもです

お風呂に入っても、丁寧に洗うことはしても、無意識に事務的に手を動かすだけで、身体がどう感じているかなんて気にしてなかったなあ

忙しさのせいにして、
身体と向き合っていませんでした

歳を重ねていくと「衰え」が現実に体感して現れます

今まで突っ走ってごまかしてきたけど、

これからは 身体と会話しながら、もっと自分を大切に扱ってあげようと思います


お腹いっぱいなのに、勿体ないからと無理して食べ切ってしまったり、
「〜しなければならない」の自分ルールで無理したり

自分の欲求を満たすために、無理させてきた

結局は「自分」を無視して、大切にしていないってことね


自分を無視する…

身体だけじゃないですね(^_-)-☆

アースディ

昨日は アースディでした

先週末、東京のアースディに出かけてきましたが、48年ぶりの寒波で寒かったですね

地球の環境や、住まいするたくさんの国、未来を背負う子供達
生活に必要なもの

いろんなものがテーマになって、各ブースが賑わっていました

私は、沖縄の月桃という草から抽出した蒸留水と天然酵母パンを購入しました

自然環境を考えるブースでは、日本で野生の鹿が殖えて樹木への被害が深刻だということ

そんな話をしている横では、鹿肉を使った料理が販売されていて

なんだか 奈良出身の私としては、しかしとても複雑な心境でした

いつもと 同じ朝

でも なんとなく

いつもと 違う朝


心の置き所一つで

同じ風景が 違って見える


昨日髪を切ったので

心軽やか

身体も軽くて

バスに走って間に合った


ハァハァ(笑)

2013年04月19日のつぶやき

20:53
自分のことですが、 http://t.co/G5vquPpgsc #jugem_blog

自分のことですが、

内観していて、色々と、自分のことがわかってくると、
成長したい、変わりたいという気持ちが芽生えてきます。

もっと優しい人間になりたいと、思うようになりました。

でも、まずは、自分の心が満たされてこそ、人に心からやさしくできるのだと思います。
だから、目標に向かっての努力も大切だけど、
今まで自分がやってきた努力に対して、
頑張ってきた自分を振り返って、
自分自身を労わってあげようと思います。
それは自分を認めること、自分を赦すことでもあります。


先日、ある女性活動推進派の講師からメルマガが届きました。
仕事と家庭の両立がテーマで、仕事が忙しいのに、
さらに家事・育児・介護を担うための時間管理をどのようにしたらいいか、
講師がしてきたアイデアを紹介するという内容でした。

◆お掃除ルンバ(一度使うとやめられないらしい。床に物を置かない癖がつく)
◆食器洗い乾燥機(大型は調理器具も一度に洗える。調理器具も惜しまず使える)
◆浴室乾燥機(浴室のカビ取りとともに、洗濯物の乾燥にハンガーのまま乾かしてクローゼットに収納できる)
◆いちどにありがとう(干すときは片手でクリップが挟めて、取り込むときは一度にパサッと外す事ができるもの)

これを読んで思ったのでした。。。

わたし、頑張ってきたな〜!

今は、単身赴任で関西から関東に来ています。月に一度、実家に帰ったときは、家事を楽しんでやっています。
5年位前までは、フルタイムで働きながら家事と仕事を両立していました。

子供が小さいころは、布オムツ。
野球をしていた8年間は、泥んこになったユニホームを
毎晩手洗いしてから、洗濯機にかけて、夜干し。
夕方取り込んだ洗濯物のたたむのも居眠りしながらのときもありました。

親と同居していたときは6人分の食器を、家族のバラバラな食事時間もあって、
夜遅くに大量の食器を洗ってました。
食器洗い乾燥機、いわゆる食洗機は、ホントに欲しかったです。

掃除といえば、大きなわんこがいたときは玄関で飼ってたから、
約10年間、毎朝散歩のあとは、エントランスを「掃く・拭く・磨く」を続けていました。

フルタイムで働いてたから、朝に1品おかずを作ってから出勤して、
帰ったら洗濯物の取り込み、ご飯の準備。。。休日は、掃除、片付け。。。
と我ながらよくがんばったな〜と思います。(煮物に圧力鍋が便利だった)

昭和一桁台の親に育てられた私は、もったいないとか、女というものは、主婦というものは、、、
という「枠」の中で育ってきました。
旦那も主婦の仕事を優先せよという感じでした。
結婚当初は、出汁はカツオと昆布できちんととっていたし、惣菜を食卓に並べる事なんてありえませんでした。
だんだん、家事と仕事の両立がしんどくなってきて、惣菜に頼ることもあるようになって来ましたが、
文明の利器に頼るのは「手抜き」だという、後ろめたさがどこかにありました。

今振り返っていえることは

一人で頑張ってきたのです。
手抜きの部分もあったけど一生懸命こなしてきました。

そう、「こなしてきた」のです。

楽しんで、家族が喜ぶために、という思いよりも、
求められて、「主婦だからしなければならない」
という思いで、やってきました。

だから、イライラしながら食事の支度をしたり、
怒りながら掃除機をかけていた記憶があります。

馬鹿だね、

「頑張らなければいけない」「〜でなければいけない」という固定観念が強くて、
自分で自分を縛っていたのですよ。

結果、子供たちはわがままで、私を頼ってばかり。
「何で私ばかりがこんな忙しい思いをしなきゃならないの」って
「手伝ってほしい」の一言がいえなかったのです。

主婦だという意地でやっていたかもしれない。

自分が単身赴任で家を留守にして、家族が自分たちでしなくならない状況になった時に

家人は私の苦労を知り、また、私も、家人はしてくれなかったんじゃなくて、
私がさせなかったんだという事に気づきました。

今だからいえることは、「忙しい、忙しい」も、自己満足でした。

なんでも『自分が、自分が』の『が=我』が強かったんです。


だから、
今の私は、
当時の私を
ぎゅっと抱きしめたい気分なのです。

それが、そのときの、一生懸命な自分にできる事だったから、

愛しいのです。

「お疲れ様、よく頑張ってきたね。これからは、家事を楽しもうね。」

頑張ってきた自分が大好きです。

肩の力を抜いて、頑張らなくてもいいと

自分で自分を赦します。

これから楽に生きていくことを見つけた私を、私は大切にします。

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2013年04月18日のつぶやき

18:43
ものごころ http://t.co/rpAw4SlJno #jugem_blog

ものごころ

今までやろうと思って、ついつい先延ばしにしてきた事、

少しずつ、毎日何か一つずつでも、

些細な事でいいから片付けていこうと思います

たとえば、台所のシンクの下の整理

靴箱の掃除

クリーニングの引き取り

もっと身近なところで言えば、

目に付いているけど見ないでいるテーブルの上の小物たち

ご無沙汰している人へのメール

撮影した写真の郵送。。。など


そしてそれは、絶対にしなければならない、のではなくて

毎日何か一つ片付ける事、

今までと違う習慣に意識を向けるだけでも

今までの生活に『プラスワン』で生きられるかなと思います。



そして

あの時 言えなかった気持ちも

『プラスワン』で伝えられるといいな



置き去りにされている「もの達の心」を大切にする事は

自分を大切にすることでもあるから

☆。.・゛ж・.。☆。.・゛ж・.。☆。.・゛ж・.。☆。.・゛ж・.。☆