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4月 19 2013

自分のことですが、

内観していて、色々と、自分のことがわかってくると、
成長したい、変わりたいという気持ちが芽生えてきます。

もっと優しい人間になりたいと、思うようになりました。

でも、まずは、自分の心が満たされてこそ、人に心からやさしくできるのだと思います。
だから、目標に向かっての努力も大切だけど、
今まで自分がやってきた努力に対して、
頑張ってきた自分を振り返って、
自分自身を労わってあげようと思います。
それは自分を認めること、自分を赦すことでもあります。


先日、ある女性活動推進派の講師からメルマガが届きました。
仕事と家庭の両立がテーマで、仕事が忙しいのに、
さらに家事・育児・介護を担うための時間管理をどのようにしたらいいか、
講師がしてきたアイデアを紹介するという内容でした。

◆お掃除ルンバ(一度使うとやめられないらしい。床に物を置かない癖がつく)
◆食器洗い乾燥機(大型は調理器具も一度に洗える。調理器具も惜しまず使える)
◆浴室乾燥機(浴室のカビ取りとともに、洗濯物の乾燥にハンガーのまま乾かしてクローゼットに収納できる)
◆いちどにありがとう(干すときは片手でクリップが挟めて、取り込むときは一度にパサッと外す事ができるもの)

これを読んで思ったのでした。。。

わたし、頑張ってきたな〜!

今は、単身赴任で関西から関東に来ています。月に一度、実家に帰ったときは、家事を楽しんでやっています。
5年位前までは、フルタイムで働きながら家事と仕事を両立していました。

子供が小さいころは、布オムツ。
野球をしていた8年間は、泥んこになったユニホームを
毎晩手洗いしてから、洗濯機にかけて、夜干し。
夕方取り込んだ洗濯物のたたむのも居眠りしながらのときもありました。

親と同居していたときは6人分の食器を、家族のバラバラな食事時間もあって、
夜遅くに大量の食器を洗ってました。
食器洗い乾燥機、いわゆる食洗機は、ホントに欲しかったです。

掃除といえば、大きなわんこがいたときは玄関で飼ってたから、
約10年間、毎朝散歩のあとは、エントランスを「掃く・拭く・磨く」を続けていました。

フルタイムで働いてたから、朝に1品おかずを作ってから出勤して、
帰ったら洗濯物の取り込み、ご飯の準備。。。休日は、掃除、片付け。。。
と我ながらよくがんばったな〜と思います。(煮物に圧力鍋が便利だった)

昭和一桁台の親に育てられた私は、もったいないとか、女というものは、主婦というものは、、、
という「枠」の中で育ってきました。
旦那も主婦の仕事を優先せよという感じでした。
結婚当初は、出汁はカツオと昆布できちんととっていたし、惣菜を食卓に並べる事なんてありえませんでした。
だんだん、家事と仕事の両立がしんどくなってきて、惣菜に頼ることもあるようになって来ましたが、
文明の利器に頼るのは「手抜き」だという、後ろめたさがどこかにありました。

今振り返っていえることは

一人で頑張ってきたのです。
手抜きの部分もあったけど一生懸命こなしてきました。

そう、「こなしてきた」のです。

楽しんで、家族が喜ぶために、という思いよりも、
求められて、「主婦だからしなければならない」
という思いで、やってきました。

だから、イライラしながら食事の支度をしたり、
怒りながら掃除機をかけていた記憶があります。

馬鹿だね、

「頑張らなければいけない」「〜でなければいけない」という固定観念が強くて、
自分で自分を縛っていたのですよ。

結果、子供たちはわがままで、私を頼ってばかり。
「何で私ばかりがこんな忙しい思いをしなきゃならないの」って
「手伝ってほしい」の一言がいえなかったのです。

主婦だという意地でやっていたかもしれない。

自分が単身赴任で家を留守にして、家族が自分たちでしなくならない状況になった時に

家人は私の苦労を知り、また、私も、家人はしてくれなかったんじゃなくて、
私がさせなかったんだという事に気づきました。

今だからいえることは、「忙しい、忙しい」も、自己満足でした。

なんでも『自分が、自分が』の『が=我』が強かったんです。


だから、
今の私は、
当時の私を
ぎゅっと抱きしめたい気分なのです。

それが、そのときの、一生懸命な自分にできる事だったから、

愛しいのです。

「お疲れ様、よく頑張ってきたね。これからは、家事を楽しもうね。」

頑張ってきた自分が大好きです。

肩の力を抜いて、頑張らなくてもいいと

自分で自分を赦します。

これから楽に生きていくことを見つけた私を、私は大切にします。

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